大崎市松山で自然と共生しながら酒造りをする「株式会社一ノ蔵」。1973(昭和48)年、宮城県内の酒蔵4社がひとつになって誕生したという歴史を持ち、“時代に先駆けたイノベーション”を体現してきた企業でもあります。
大幅な生産性の向上や劇的な行動変容を必要としない、自然体の働き方改革。その根底には、社員を第一に考える会社理念の浸透があるようす。管理課課長の大江さん、子育て中の社員のおふたりにお話しをお伺いし、すでに実現されていると思われる、持続可能な働き方がどのように形作られてきたのかを探りました。
管理課長 大江さん
大江:新卒採用試験時のグループワークで「これから女性がより活躍していく社会にするためにどんな取り組みが必要か」というテーマを与えたところ、女子学生から厚生労働省の「くるみんマーク」などの認証を重要視しているという声があがり、やはり学生はそのようなところに注目しているのだと実感しました。それをきっかけにきちんとデータを取ることをスタートし、2016(平成28)年に厚生労働省の「ユースエール認定企業」を、全国で16番目、県内で初の認定として受け、以後も積極的に取組んでいます。今回の「みやぎ働き方改革支援制度」もそのひとつとして認証を受け、現在は「くるみんマーク」の取得に向けて取組んでいる最中です。
原酒課 高橋さん
浅野:産休育休中の女性社員は現在2名。今まで経験し復帰した方も含めると、軽く10名以上の実績があり、女性の復職は100%です。時短勤務は私を含め現在3名。就業時間は8時30分から17時が定時ですが、私の場合は9時30分から15時30分の時短勤務にさせて頂いています。
大江:男性の育児休業については声がけをする中で、なかなか取得者が現れないという問題がありました。そこで育児休業の最初の5日間を有給にする制度を導入したところ、2名の社員の取得に至りました。
高橋:男性育児休業取得者としては私が2例目です。私たち夫婦は2人とも一ノ蔵の社員なのですが、出産予定日を軸にしてお互いの両親、所属部署に相談し、計画をしました。私の部署がちょうど忙しくなる時期に重なることもあり、あまり長い期間は難しかったのですが、皆さんの理解があり、有給の5日と土日を利用し約10日間の育児休業を経験できました。夫婦でとても良い時間を過ごせたと感じています。
大江:初の男性の育児休業取得者も社内結婚でしたが、妻の復帰に合わせ、夫が年次有給休暇も合わせ2週間ほど休むという形で取得しました。雇用保険からは育児休業給付金が出ますけど、100%ではないですし、まだまだ社会的にも男性の長期の休暇取得は浸透しにくい状況だとは感じますね。
管理課経理係 浅野さん
高橋:子育ては始まったばかりで、何が不安か、何が起こるかも今は予測できないのですが、急な休みなども対応してくれる会社だという安心感があります。今の部署は残業もほぼないので、17時半くらいには帰宅してじっくり子どもと過ごしています。保育所に預け、ふたりで働くようになると新しい課題が出てくると思いますが、待望の子どもでもあるので、積極的に関わって、会社にも力を借りつつ、どちらかが対応できれば何とか乗り越えていけると思います。
浅野:私は子どもが1歳になるまで、きっちり1年間育児休業を取得しましたが、産前も合わせると1年以上休むという形になりました。そのブランクを考えると、乳児の生活に合わせていたペースから仕事のペースに戻していけるのか、体調や体力的に仕事についていけるのかという事が不安でした。とはいえ、社内ではジョブローテーションを全ての社員が経験し、互いにカバーし合える体制が整っています。会社を信頼し、自分のライフスタイルに合わせた時短勤務をためらわずに利用できたことが大きく、両立が可能となりました。この経験は続いていく社員にも活かしていけると思います。
浅野:役員や管理職に社員優先の経営理念が浸透しているので、思い切ったアイディアを提案しやすいという事は言えると思います。私からも「アニバーサリー休暇」を提案し、今では社員全員が自身の記念日を設定して休暇を取るようになり、モチベーション向上に繋がっています。
大江:経営理念に「社員、顧客、地域社会の信頼」という言葉が入っているのですが、この優先順位は熟考された上で決まったものであるという事を新入社員研修でも必ず伝えます。2000年問題の際にかなりの長時間勤務が発生し、「なんでこんな働き方をさせているんだ、担当の役員管理職が解決してあげなさい」という指導があったことも、自社の働き方改革を意識したきっかけになっています。
微生物と向き合う酒造りは、そもそも時間との戦いで、決められた時間内で作業をすることは必須です。自然との共生や伝統的な酒造りがベースにあることは、私達の仕事にも良い影響があり、残業が多い部署があったりすると非常に目立ちます。逆に一時夜勤を止めた時には、社員から品質を優先するために24時間体制に戻したいという声があがり、夜勤を復活したという事もありました。高品質の酒を造り続けるためにも、全員で対話を重ねながら、社員が幸せに働き続けられる環境を維持していきたいと感じます。
元来、新米の収穫と共に始まる季節労働だった酒造。杜氏に代表される出稼ぎの職人を大事にしないと優れた人材が確保できない業界だったと言います。そんな自然と隣合わせの酒造りがベースにある社内環境には学ぶものが多いと感じます。「持続可能な働き方は、自然と共に歩んだ歴史と共に育まれていた」そのように感じたインタビューでした。